損害賠償請求事件 判例

東京地方裁判所平成29年10月25日
守秘義務に違反し企業秘密を持ち出して事業を行ったとする原告の損害賠償請求を否定した事例

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事案の概要

食品の商品企画開発販売等を行う原告が、原告を退社して水産物及び食品の製造、輸入、販売等を行う会社を設立した個人及び会社を被告として、守秘義務違反を理由に損害賠償請求を行った事案である。

判旨

原告が、個人である被告が在職中に締結した秘密保持条項は有効としたうえで、機密情報に該当するかを判断し「原告の従業員が機密と明確に認識し得る形で」資料などが管理されていたかを検討し、問題となったデータが入っていたのは原告代表者のパソコンであったが、従業員のパソコンからもアクセスできたとしており、また、紙媒体で資料を渡したときには社外持ち出し禁とした紙をつけていたというが、そのようなことはなく配布されていたと認定し、「原告において、その従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていたということはできない」として機密情報該当性を否定し、原告の請求を棄却した。

解説

秘密保持契約は技術のみならず営業ノウハウも含めてさまざまな企業で雇用契約時に入社してくる従業員との間で締結される例が増えている。この契約で注意すべきことは、①その契約が従業員の転職、再就職を事実上不可能にするような内容となっていないか、②機密保持の対象が機密としての合理性を持つか、③実際の機密情報としての管理状況、についてである。

①については、職務経験を積んで技術を習得するのは職業人として当然であり、その結果、技術を見込まれて引き抜かれることもあるのはいうまでもないことであり、技術の流出を阻止するといいながら、実際は従業員を企業に縛り付けるようなことは許されないという点で争いはない。これは②の機密情報の定め方と密接に関連するが、およそ同業他社はすべて再就職してはならない、という解釈が可能な条項を定めた場合は、職業選択の自由を侵害するとして無効(公序違反)となると考えられる。

②については、「およそすべての情報」などと広範なものとした場合は、従業員の転職や再就職に対する過度な規制となりうるので条項の効力が裁判によって否定されることになる。

本件では「①経営上、営業上、技術上の情報一切、②取引先に関する情報の一切、③取引条件など取引に関する情報の一切、④機密事項として指定する情報の一切」、が内容となっていた。「一切」という規定はあるものの、包括的に規定している④では「指定する」ことになっているので、公然と知られていないこと、原告の業務遂行にとって一定の有用性を有すること、原告において従業員が機密として明確に認識し得る形で管理されていることを要する、として契約は有効であるとした。

ここでは条項に一切と入っていても裁判所が内容を具体的に判断することがあるということを示す。条項を作成するときは、一切と入れてあっても裁判所の判断で外れる情報があることを説明しておくことが必要であろう。

さて、本件は、条項の有効性は認めたものの、③機密情報としての管理状況によって、原告が主張した情報は機密情報ではなかったと判示されている。条項の運用については機密に属するものであったとしても機密として管理されていなかったという事案と言える。